この事例の依頼主
30代 女性
相談前の状況
亡くなった女性は、女手一つで2人の小学生を育てていたお母さんでした。相続人はその2人の子どもであり、子どもたちを引き取って育てているお祖父さんが相談に来られました。相談を受けた後輩の弁護士からの要請で共同受任した事件です。
解決への流れ
脂肪吸引術は、麻酔薬を皮下に注入し、皮膚の切開部分からカニューレを挿入して脂肪を吸引するというのが基本的な手技のようです。記録によれば、この手術には、4860㎎の局所麻酔薬リドカインが使用されていました。リドカイン過剰投与による事故であることは明らかで、クリニックの設置者と実際の施術者と2人の医師に対して損害賠償請求を行いました。一般的な医療機関は医療事故の賠償責任保険に入っているのが普通ですが、このクリニックは保険に入っていませんでした。しかも実際の施術者は、本件で業務上過失致死の刑事責任を問われて医師としての仕事を辞めていて支払能力は疑問でした。しかし、遺された子どもたちの将来と、彼らを育てていかねばならない祖父母夫妻の生活を考えれば、賠償額を譲歩することはできません。結局、全体の賠償額の半分を示談成立時に、残りの半分を4年間48回にわたって分割で支払うという形で、訴訟提起前の示談が成立しました。
リドカインの添付文書には、硬膜外麻酔、伝達麻酔、浸潤麻酔での使用量が記載されていますが、いずれも基準最高用量は1回200㎎とされています。本件ではその24倍のリドカインが使用されていました。またリドカインの50%致死量は体重1㎏あたり50㎎とされているところ、本件の使用量は100㎎/㎏を超えています。とんでもない使用量です。一説によれば、脂肪吸引の場合の皮下注入は、リドカインが全身に作用する前に脂肪とともに吸引されるので、通常の使用法よりも大量に使ってもいいのだという理屈で、このような大量使用が行われているのだそうです。しかし、それで安全だというエビデンスはありません。極めて危険な使用方法ではないかと思われます。脂肪吸引術のリスクはこういった麻酔薬の問題にとどまりません。施術後の脂肪塞栓も非常に危険な合併症で、民事訴訟となった例があります。皮下脂肪に挿入した吸引管の先端の位置を十分確認しないままに操作して、腹膜や腸管を損傷して死亡させたという刑事事件もあります。FDA(アメリカ食品医薬品局)によれば、10万回の脂肪吸引術で、20人ないし100人が死亡しているそうです。何の死亡リスクと比較すればいいのかよくわかりませんが、治療目的ではない、単に美容目的の施術でのこの死亡率は、あまりに大きすぎるのはないでしょうか。このような危険なことが、医療の名の下に行われていいのか、というのがわたしの根本的な疑問なのですが、少なくとも、脂肪吸引術のこのような危険性は社会的に広く共有されるべきだと思います。